ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」によせて。

前回から、ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」について書いています。

この曲が完成したのは、ナポレオンが皇帝に就いた頃。
また、ベートーヴェンの聴覚は悪化し、絶望しながら活動を続けていた時期でもあります。

ちょっと音楽から話はずれてしまうのですが、ご存知の方も多いナポレオン・ヒルの著作。
「思考は現実化する」

思考は現実化する〈上〉
きこ書房
ナポレオン・ヒル

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著者であるナポレオン・ヒル。(人生哲学界のナポレオンと称しても良いかと思いますが、皇帝ナポレオン・ボナパルトとの縁故はおそらくないかと思います)
彼の息子は生れながら耳に障害を持ち、生まれてすぐに「一生耳と言葉は不自由なままでしょう」と宣告を受けていました。
けれども、蓄音機を買って来たある日のこと。彼の息子は2時間以上も蓄音機に歯をあてて、聞こえるはずもないのに、レコードを聞いていたそうです。

蓄音機に歯を当てる、というのが重要な意味を持っているようですが、骨伝導(骨の振動により音が伝わること)により音が聞こえるのだそう。

彼は音を得たことにより、新しい世界を見つけ、やがて補聴器との出会いもあり、言葉も習得し障害を乗り越えて成長していくエピソードが綴られています。

それに対してベートーヴェンは20代後半より難聴に苦しめられていきます。
こちらによると、補聴器のベストサウンドさんのHPより
ベートーヴェンは原始的な補聴器を使用していたようなのです。
その使用していたホーン型の補聴器は集音器と呼ばれていたようで、音を集めて届けるという原始的なもの。円錐形の器具の細い部分を耳に入れて、ピアノを弾く時には長い木製の杖をピアノに差し込んで、反対側を歯で噛み、伝わってくる振動を直接受け止めることで自分が弾くピアノの音を感じ取っていたと言われています。先のエピソードと同じように骨伝導により音を感知していたのでしょうか。

真偽のほどは分かりませんが、ベートーヴェンが背を向けてピアノで練習をしていた弟子にダメ出しをしたというエピソードも残っています。そんなことからも、振動から感覚を得て、音を感じることができるというのは聴覚が普通のように備わっている人にとってはとても理解しがたく、特別な感覚のように思えてなりません。

今のような形の補聴器が出始めたのは、ベートーヴェンが難聴に気づき始めた頃から110年後とのこと。
ベートーヴェンは聴覚を完全に失ってからもたくさんの素晴らしい作品を残していますが、それが実現できたのは、もともと備わっていた優れた感覚と、なによりも音楽にかける情熱でしょう。

7月17日(日)東松山文化センターホールにて、比企交響楽団による演奏で、マエストロ久保田洋が出演いたします。
是非、コンサートホールでベートーヴェンの演奏をお楽しみください!
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