ミクロコスモスな日々

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zoom RSS ミクロコスモス《 Anniversary series》って何ですか? 〜その2

<<   作成日時 : 2017/02/15 08:34   >>

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今年のミクロコスモス《 Anniversary series》では、
10月28日(土)にグラナドス「ゴイェスカス」の上演を目指して準備を進めています。
今年、2017年は生誕150年を迎える、スペインの作曲家です。

前回より、昨年からスタートした、ミクロコスモス《 Anniversary series》(アニーバーサリーシリーズ)についてご紹介をしております。

昨年2016年の《Anniversary series》は、5月21日に東京都北区の滝野川会館にて生誕150年を迎えたフランスの作曲家エリック・サティ(Erik Satie)の作品でコンサートを開きました。
演奏会を企画して、コンサートの宣伝をしてみると驚くことがたくさんありました。

一つは、サティの知名度です。

サティと言えば、「ジムノペディ」や「ジュ・トゥ・ヴ」などのピアノ曲が有名ですが、意外や意外。
音楽大学でピアノを専攻されていた方からも、「サティ?」「??」といった反応が…

確かに、サティは、モーツァルトやベートーヴェン、リストなどのアカデミックなピアノ曲のラインからは外れた作曲家なのかもしれません。
この現実を悟ると同時に、これを機にサティの存在をもっとアピールできればと思ったのでありました。

そして、もう一つはサティの生涯についてです。

サティを知る人は、フランスのモンマルトル「シャ・ノアール」というキャバレーのピアノ弾きだったことはご存知だと思います。
けれども、その後の人生について、作品についてはあまり知られていないような印象を受けます。

といいますか、私もこの企画を進めるにあたり、新しいサティの顔を見ることになりました。

画像


こちらは、プログラムにも寄せた、マエストロ久保田洋のエッセイです。
その当時のフランスで流行の先端にあったキャバレー“シャ・ノアール”について、黒猫(シャ・ノアール)がつぶやいています。

【猫のつぶやき】

我が輩は黒猫である。名前はすでにある。神話に出てくる冥府の王の名“プルート”である。
かのボードレールの訳によりフランスでもよく読まれた「Chat Noir(黒猫)」をご存知であろうか。エドガー・アラン・ポーの小説に登場しサティの活躍していた時代には人気だった。江戸川乱歩とは見当違いである。
画家であったサリがモンマルトルのアトリエをキャバレーとして店を開いた。キャバレーといっても当時は前衛的な紳士淑女が集う芸術酒場といえばご理解いただけるであろうか。そして、その名前を「黒猫」Le Chat Noir とつけおった。我が名はプルートだと言っておるのに。

悔しいかな、俳優や詩人、もちろん画家も集い、にぎわっておった。その輩は「支離滅裂な人々」と呼ばれ、建築家のエッフェル、詩人のヴェルレーヌ、ハイネ、小説家のゾラ、画家のピカソにロートレック、そして、作曲家のドビュッシー!、若き芸術家たちは店に集まっては芸術談義に花を咲かせた。そこにブルジョワジーとよばれるちょとした金持ちも集まり、「黒猫」を一躍パリ中に知らしめる事となった。笑いありウィットありの素晴らしい出し物に酔いしれ、華やかな衣装のパリジェンヌが歌うシャンソンもいかしていた。もう百年も前、ベル・エポックと呼ばれてパリが一番輝いていた古き良き時代だ。
毎週金曜日の午後は絵描きのリヴィエールらによって作られた影絵芝居Le Théâtre d’ombresが上演され、シルエットの色彩効果や生き生きとした動き、軽妙な口上や音楽が一体となって素晴らしいものだった。まだ映画なんていう物が無かったから、たいそう人気があった。常連客だった若いサティもちょっとの間、ここで上演される影絵芝居のピアノを弾いて働いておった。
しかし、何年かの後、サティは近くの店に移ってしまった。理由は定かではないが店主のサリと喧嘩をしたらしい。
店の繁盛は続いた。だがいい事ばかりではなかった。
人気が災いしてゴロツキどもが出入りするようになり、シャノアールは移転する事になって元の店は吾輩もよくわからない。


次回も、昨年の《Anniversary series》でお送りしたエリック・サティについて、もう少し書かせてください!

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