預言者エレミア/グノー「ガリア」~ミクロコスモス《Anniversary Series》No.3

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前回の記事に続きグノー「ガリア」のテキストに使われている、エレミア哀歌について書いてみます。

先の写真はアムステルダム国立美術館に所蔵されている、レンブラント作「預言者エレミア」です。

預言者という漢字が時々、予言者と間違われて表記されていることがあります。
予言というのは未来を占うなどの意味になるのですが、預言は「神の言葉を預かる」という意味になります。
エレミアは、神が彼を通して伝えたメッセージ預かり、民に伝えるということをミッションとして生まれてきたのです。

旧約聖書に書かれているエレミア書の冒頭にはエレミアと神とのこのようなやりとりが記されています。

主の言葉がわたしに臨んだ。
「わたしはあなたを母の胎内に造る前から あなたを知っていた。
母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し
諸国民の預言者として立てた。」
わたしは言った。
「ああ、わが主なる神よ
わたしは語る言葉を知りません。
わたしは若者にすぎませんから。」

しかし、主はわたしに言われた。
「若者にすぎないと言ってはならない。
わたしがあなたを、だれのところへ 遣わそうとも、行って
わたしが命じることをすべて語れ。
彼らを恐れるな。
わたしがあなたと共にいて 必ず救い出す」と主は言われた。
(エレミア書1.4-8)

クリスマスまでもう少しですが、イエスの誕生が天使によって両親となるマリアとヨセフにそれぞれ伝えられたとありますが、まさしくそのような印象を受けます。


エレミアは神との約束に従い、堕落した民に主の「悔い改め」を訴える言葉を伝え続けるのですが、人々は享楽にふけり、耳を貸そうとはしません。
エレミアは、改心を訴える神の怒りを真摯に伝え続けますが、神の言葉に耳を貸さない民に絶望し苦しみ、やがて王からも誤解され監獄されます。
神との契約を破り、改心しない民に主の怒りは燃え上がり、やがてエレサレムはバビロン王により包囲され、陥落することとなるのです。

このレンブラントの作品からは、監獄され、神からの言葉を受け入れてもらえない民や王に対し、嘆き、苦悩するエレミアが見てとれます。

エレミアについて熱く語りすぎましたが、この陥落したエルサレムについて書かれたエレミアによる哀歌が、グノー「ガリア」(Gounod,Gallia)でテキストとして歌われています。
この哀歌とテキストについて、改めて書いてみようと思いますので、どうぞ、おつきあいください。